アムステルダム短期駐在中の二つのミッションは何とかクロージングの目途が立ってきた。一つは前駐在員に訴えられた訴訟問題、もう一つは当社が保有する不動産(事務所兼駐在員事務所長社宅)の売却。30歳代の生意気な頃で、本社の役員の方針にも反論して電話越しに結構議論したりしていた。
その一つに不動産の売却価格の話があり、売却査定価格を調査したところ本社が想定していた価格よりかなり安かった為、本社では不動産価格がもう少し上がるまで売却をサスペンドしようという事になった。私はオランダの不動産市況を調べていたところ、不動産価格暴落の兆しあり、売るなら今がチャンスと強く本社の役員に訴えた。本社でもメインバンクにも調査依頼したところ銀行のオランダ法人から「不動産市況の先行き暗い。売却するなら今」というアドバイスもあり、方針変わって売却した。その後不動産価格は下がり、結局思えば結構高く売却できた結果となった。
その頃、恐ろしい事件が起きた。ロシアではちょうど旧ソ連が崩壊し、社会もかなり混乱した時代だった。当社はロシアとの水産物輸出の合弁会社があり、モスクワの本社とアムステルダムからもやりとりしていた。一度はモスクワにも行かねばと思いながらもオランダや水産物買付けの仕事が忙しく、モスクワ出張も伸び伸びになっていた。
ある日本本社とモスクワ事務所から緊急連絡があり、その合弁会社の社長と部長が暗殺されたとの事、それもシェレメチェボ空港からオフィスに戻る路上で襲撃され、機関銃の乱射の上、火炎瓶を投げ込まれるという、かなり荒っぽいやり方でマフィアの犯行との事だった。その後ロシアから新聞を取り寄せて写真入りの記事を見たが、車は悲惨に焼けこげ、残った部分にも機関銃の穴があり、その残虐ぶりを感じて背筋がぞっとした。
なぜなら少しでも余裕があったらモスクワに出張して彼らと会おうと思っていたので、彼らと一緒に居たら巻き添えを食う可能性も十分考えられた。もう一つは殺された部長は私とも懇意で何度かプライベートでも食事してたので同僚を失ったショックも強かった。
当時旧ソ連の崩壊直後で経済は混乱して、外貨が極端に不足していたが、そんな中で水産物輸出は手っ取り早く外貨を稼げる少ないビジネスの一つであった。この水産ビジネスに多くの利権が絡んで、さらにマフィアもその利権に絡んでいた。マフィアが何らかの要求を突きつけ、当社の合弁がそれを突き返したのが原因と聞かされた。
私はサハリン駐在時代にロシア極東のほとんどを回り、各地の漁業者と関係を築いてきたので、また日本に帰ったらロシア水産物の仕事をしたいと思っていたが、この事件をきっかけにすっかりその気を失った。ロシア合弁会社の二人を失い、この会社の運営も困難となり、実際ビジネスにも支障が出てきたし、何よりも同僚・友人を失ったショックとちょうど結婚して子供も生まれたので、命の危険を晒してまでもロシアとの仕事をしたいとは思わなくなった。
ノルウェーニシン。脂がのっていておいしい。主に輸入したら北海道に販売していた
アイスランドを空から見る景色はいつも神秘的
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