2018年5月13日日曜日

5.ロシアでの初デート

 当時のソ連は社会主義国で基本的には自由主義国から来た外国人と普通のロシア人との接触は禁じられていた。法律的にどういう違法行為に当たるかわからないが、それにしても社会主義のロシア社会がそれを許さなかった。外国人と直接コンタクトを取ろうとする輩は、良からぬ事を考えていると見做されるからである。
 確かにそういう事もあった。外国人か特別の許可を得た者(=つまり特権階級)しか出入りできない外貨ショップ「ベリョースカ」というのがあるのだが、英語表記もあり、外貨が使え商品も手にとって見れるので、我々にとっては買物しやすいお店なので滞在中は何回か買物に行った。
 普通のソ連のお店は国営で商品はカウンターの向こうにあり、自由に手にとって見れず、買う時はそのカウンターに居る店員から価格のメモを貰い、一旦キャッシャーに行ってお金を払い、その領収証を持ってその商品のカウンターに商品を貰いに行くというかなり面倒なプロセスがある。もちろんお金はルーブル支払いのみ。
 だから多少高くてもついつい外貨ショップに行ってしまうのだが、外貨ショップの前には、何らかの方法によって外貨は持っているが許可がなくてお店に入れない輩がウロウロしていて、外貨ショップに入ろうとする外国人に買物のお願いをするに遭遇する。外貨ショップでしか売っていない商品も多いからである。なんか悪事に加担するようで、トラブルに巻き込まれないか心配もあって大抵は無視していた。しかしある時、真面目そうな大学生に外貨ショップの書店に行って、これこれの本を買ってくれないかと頼まれ、外貨を渡された。出版物=思想なので、これは結構危険な行為なのだが、英語も堪能で知性的な彼に興味を持ち、彼の頼みを受けた。英語の本で発禁本というような過激な本という訳でもなく、おそらくちょっと自由主義的思想がベースにある小説や西側の実態について書いてある本といった程度である。
 そんな事から同じ年代ぐらいの彼と仲良くなり、人気の少ない、あまり目立たない場所でいろいろ話をするようになった。英語が堪能で、世界を知りたいという知識欲もあり、現在のソビエト連邦政府を痛烈に批判する反体制派の学生だった。いろいろのソ連の現状を話してもらい、とても興味深かった。私にとっては最初の普通のロシア人との個人的な関係だった。

 一方大手を振って仲良くしてくれる同年代の若者もいた。彼らは言わば特権階級のバックをもった学生達である。我々がレニングラードに到着すると現地の少年少女や学生達に歓迎の催しを開いて貰った。そういったイベントで外国人の接する機会を持てるのは、15歳以下であれば、ピオネール(共産党少年部)、15歳以上であればコムソモールのメンバーだけである。共産党はコムソモールを指導し、コムソモールはピオネールを指導する。ボーイスカウトのようでもあるが、やはりしっかりした思想教育も行われている。コムソモールの幹部は将来共産党本部でも幹部になれる道が開かれている。 
 地元のコムソモールによって我々日本人の学生達を歓迎するパーテイーが行われ、そこでリーダー格の男子大学生と、金髪の美しい、端正な顔立ちの女子大学生と仲良くなった。
 その男子大学生には放課後の自由時間にいろいろな所に連れて行ってもらった。というのも街の移動は通常バスなのだが、今のような親切な案内図はまったく無く、どのバスがどこに行くかまったく分らず、外国人はバスはなかなか使えない。彼は地元もバス路線は熟知していて、どこ行くにもさっとバスを使って連れて行ってくれた。先の反体制の学生とは違い、まったく人の目は気にせず、どんな場所での堂々と立ち振る舞い、外国人を案内するのをむしろ誇りにしてるようにも感じられた。彼が親切なのは私に対してだけでなく、例えば老人が重い荷物を持ってバスに乗ろうとすれば、さっと手伝って荷物を持ったり、社会に貢献する若者という感じの態度であった。おそらくコムソモールのバッチか何かをつけていたに違いない。ソ連社会のエリート然としていた。

 一方美しい女子学生ともパーテイーで知り合った際に、彼女がレニングラード市内を案内してくれるというので、二人で会う約束をした。彼女も社会主義下でエリート学生という雰囲気だったし、きっと親が共産党幹部か何かしているいい家のお嬢様というようにも感じられた。
 最初に二人で会ったとき、彼女は真っ青なワンピースを着ていた。とても似合っていたし、そのドレスの青さがなんか眩しい感じがした。当時のソ連は国家による計画経済で、生産も計画生産だったので、服もあれこれいろんなデザインの少量多品種は無駄なので、単一色・単一デザインで誰でもどんなシチュエーションでも着れる服が大量に作られていた。だから単色の同一デザインのワンピースは一般的だった。
 まあロシア語は上級クラスだったとは言え、まだまだ女性に対してはすべてが初心者のうぶな大学生だったので、ただ二人でレニングラードの街を散歩したり、たまにはカフェでお茶を飲んだりしながら話しただけだった。
 でも夏のレニングラードは白夜で夜遅くなっても暗くならず、もわっと明るく、またすぐ前も見えなくなるような霧に街全体が包まれる事もよくあり、散歩している最中に霧に包まれると音も霧に吸収されるのか、二人の回りが静かになり、その空間に自分達二人しかいないような気持ちにもなった。最後別れる時も霧の日で、彼女の去っていく姿を追っていくと霧の中にすっと消えていった。
 ただやはりコムソモールのメンバーなので、監視とまでは言わないが、私の一緒の時の行動は地域の党本部やコムソモール本部には報告していたのではないかと思う。
 社会主義国ソ連邦の壁が高すぎて恋愛とかそういった意識はまったく持てずにいた。
(以下、写真と今までのお話とはまったく関係ありません。単なるイメージ写真です)

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