2018年5月11日金曜日

4.レニングラードでの学生生活

 その夏期ロシア語講座ツアーに参加したメンバーは約40人ぐらいで、殆どはいろいろな大学のロシア語学科、露文科の大学生や大学院生だった。ロシア語学科でもない大学生は私ぐらいで、「何で参加したの?」と不思議がられてもいた。皆、偏差値で言えば結構レベルの高い外語大や有名私大の文学部の学生で、「英語まったく苦手」の私からすれば、外国語能力という面ではレベル的にも雲泥の差に感じられ、授業が開始されるまでは、こんな学生達と一緒に同じ授業を受けて、ついていけるのだろうか不安だった。
 ところが授業初日、ロシア語の実力を測る筆記と面接の試験が終わり、クラス分けが発表されて驚いた。私は実力別で4クラスに分けらた中で、一番上のクラスだったのである。それはずっと英語がダメで、外国語コンプレックスを持っていた自分にとっては超驚きの出来事だった。ひとつ下、二つ下のクラスにもそうそうたる大学のロシア語学科、露文科の学生が振り分けられていた。
 この歳になると判るが、いくら有名大学とはいえロシア語の学習歴3~4年といえば、よほどしっかり集中して勉強しなければ、それほど身につくものではないし、語彙力、文法の知識は皆より劣るも、私の話すロシア語がとてもロシア語らしく、面接試験での振る舞いもロシア語慣れした雰囲気があったのだと思う。ひとえにネイティブのロシア人(KGB要員?)の先生方の特訓のおかげだった。
 自分が一番上のクラスになった事でさらに学習意欲、モチベーションがアップして、授業でも積極的に先生とコミュニケーションを取り、出された宿題もきっちりやった。確かに他の学生達を見ると机の上ではロシア語の勉強はしているのだろうけど、ロシア人とのコミュニケーション慣れしていない様だった。大学の第二外国語のロシア人の先生がまず最初に言った「目をしっかり見て話せ」というコミュニケーションを重視する教えはここでも役にたった。
 そもそもロシア語の授業そのものも日本人にとってはかなり馴染みの無い形式、内容だった。例えば一番面白かったのは、課題でプーシキンの詩を暗記して、それを皆の前で発表するというもの。それも詩の内容をよく理解した上で、抑揚をつけて、大きな声で詠わなくてはならない。大抵最初は「声が小さい」「抑揚が足りない」「発声が違う(?)」「その抑揚は場所が違う」「(その詠み方では)詩の意味が分ってない」と容赦ないダメだしが出され、まるで演出家蜷川幸雄にダメだしを受ける新劇俳優のよう・・・
 ある程度、先生が満足できるレベルになると外に連れ出され、あの有名な「夏の庭園」の広場の壇上で、公園を散歩する民衆の前で一人づつプーシキンの詩を詠わされる。詩を詠う事自身が不慣れな上に、ロシア語だし、プーシキンの詩が何たるや理解している訳でもなし、また公衆の面前で詠う事の緊張と恥ずかしさで、頭はぐるぐる回って混乱してしまう。
 でもまあその頃から持ち前のくそ度胸でそういうイベントも喜んで楽しく、また「それっぽく」こなす事で、先生からも「こいつはデキる」と過大評価して頂いた。
サンクトペテルブルグ最大の観光名所で世界遺産のエルミタージュ美術館


ネフスキー大通りにある大型書店ドーム・クニーギ。1983年留学時もネフスキー通りを散歩した。
サンクトのキーロフ劇場。留学時はここで本場のバレエを見ました。

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