2018年12月3日月曜日

14.若き副社長の時代 その2

14.若き副社長の時代 その2
サハリンでの合弁会社では当時極度の物不足に苦しんでいたロシア極東で、安くて品質の良い日本の商品を販売するマーケットの展開を計画していた。とは言え、物不足=外貨不足という根本的な問題あり、日本から商品を仕入れるにせよ、それを支払う外貨が無い。それゆれ、まずは何とか外貨獲得の手段を合弁会社で考えなければならなかった。外貨獲得の為の輸出といっても、天然ガスといった大規模投資を必要とするアイテムは扱い不可能で、大きな投資を必要とせずに、何かサハリンから日本向けに輸出できる商品開発が求められていた。
 となるとやはり水産物や農産物という事になる。タラバガニやボタンえびは当時のロシアにとって外貨獲得の為のドル箱商品であり、その輸出は既得権益として限られた輸出業者が牛耳っていた。新参者が取り扱える商品はまだそれほど開発されていない蕨、ぜんまい、ねまがりダケといった山菜、昆布、シジミ、なまこといった水産物に限られていた。
 そこで我々が目をつけたのは北海道の食卓ではよく見かける「ラワンブキ」の商品開発であった。なにしろ山に行けばフキは山ほど生えている。誰も取らないので収穫の許可を取るのも簡単だった。ただ大変なのはフキの密生地に行く道がないので、道を切り開いてから刈り出さなければならなかった事、運よく出会わなかったがそういうところには野生の熊がいて危険だった事、失業者は多いのにフキを刈取るワーカーがなかなか集まらなかった事などである。
 刈取ったフキは筋を綺麗に取り除いて、ボイルした後、塩漬けにして、樽に詰めた。樽は結構高価なのだが、ポリタンクやポリ容器は現地でなかなか手配できず、昔ながらの樽を容器として使用するしかなかった。フキを茹でた時に、綺麗な緑に仕上がるように釘を入れて茹でていたが、一日中野外作業で日焼けしたりして農家の生活のようで、新鮮な日々だった。その土地に詳しいガイドに山を案内してもらい、何か日本向けに輸出できるもの(主に山菜だが)を山の中で探した。ねまがりダケは結構あったが、商業的に採算が合うかは難しそうだった。


ラワンブキを刈取るワーカー
作業中暑くて裸に
フキの加工場。といっても野外です
この事業のパートナーの社長。「これがお金になるの?」と
後ろ向いている左端の人物が日本人でフキの加工方法を現地の人に指導している様子

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